よく考えると、あたしったら3つも駄文を連ねるスペースを捕獲してるわ。
無駄ね、無駄よ、無駄・・・(>活用が思い付かなかったらしい)。
それらの全部を見てる人はいないから(いないわよね?)、まぁいいか、とも思うのよ。
一応、書いてることはそれぞれ違うし。(>使い分けているつもりらしい)

でも、どーしても書きたいことはあるわけよ。
そう、このボランティア拒否宣言なんつー素敵なものは。

てなわけで表にも書いたのに、またこっちでも転載させてもらうわ。
最後に、あたしのいろんな考え込みでな。


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ボランティア拒否宣言
                  
           《花田 えくぼ》


それを言ったらオシマイと言う前に
一体私に何が始まっていたと言うの
何時だってオシマイの 向こうにしかハジマリは無い
その向こう側に 私は車椅子を漕(こ)ぎ出すのだ

ボランティアこそ 私の敵
     私 はボランティアの犬達を 拒否する

以下は
http://syuwade.gozaru.jp/volunteer.htm
でご覧下さい。
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うーんと。
この詩って過激だから昔(発表当時の1986年)も今も論議を醸し出すのは明らかね。
現場の人はむかつくんじゃないのかしら、勝手なこと言いやがって。なんてね。

でも、そういう人たちに警鐘を鳴らしているように思えるのよ、あたしは。
なんか、「自己満足になってない?」っていう。
これ、実はmixiで見つけたんだけど(視野を広げるって意味ではいいかも、あれ)、その意見が結構「犬?………………… そりゃないでしょ。 ひねくれすぎ。」「この手の揚げ足取り」なんて反応があるのよ。全部とはいわないけど。
で、少しは分かるのよ「あまりに、ボランティアをバカにしてる」って。で、「たまたま、彼女の廻りがこんな人だった」とか。
でも、「結果として、役立てばいい」になると少し微妙。

だって、その「結果として」って何よ。今、役立ちなさいよ!って思うわよ(笑)。
ボランティアの存在、というよりも「誰のためなのか」ってところにもう少し論議を当てた方がいいんじゃないのかなぁと思うんだけどね。

もう少し、このトピックの行方を見届けるわ(笑)。